
朝鮮時代の文字図はなんとも不思議な絵画です。中国や日本にも「花文字」のようなカラフルでとても縁起の良い絵画で、使われる漢字の中に良い意味を持つ吉祥文字を描いています。ところが朝鮮の文字図はもっと道徳的な意味合いが強く感じられます。中国のように龍や鳳凰が登場するのではなく、儒教の中の「孝(親孝行)、悌(兄弟愛)、忠(忠誠)、信(まこと)、礼(規範)、義(道理)、廉(清廉)、恥(恥を知る心)」の八文字を中心に展開されています。色合いも派手な装飾性を排除しながら、より深く儒学の本質を伝えようとした画人の工夫がみてとれます。より視覚的で親しみやすい文字図は、生活の中に儒学の基本を定着させる役割を果たしました。朝鮮王朝の後期(18世紀以降)には、庶民たちも社会や文化に関心を持つようになりました。そして文字図は一般庶民の教養を高める大きな力となり、広く普及しはじめます。すると文字図は装飾性がより重視され、朝鮮時代の生活美を代表するジャンルとして定着しました。そして長寿や福、子孫繁栄などを願う世俗的な願望を反映した絵に発展していきます。以後の時代にわたって、朝鮮民画の中心的な絵画としていまでも受け継がれています。この展覧会では儒教が決して古い学問ではなく、現代でも思想的に共感する内容を見出すことのできる現代アートであることを体験していただきたいと思います。そこには東アジア共通の文化である漢字のもつ力とユーモア、そしてそれを大切に受け継いできた人々の素朴な願いを感じていただければと思います。